もなか

欧州ど田舎暮らしで母国語のアウトプットに飢えているのでネットの森に穴掘って王様の耳はロバの耳

誰にも言いたくないだからお願い誰か聞いて

 毎日最低一度、頭に浮かべて念を押している。何の意味があるのかはわからない。
「私の妹」と思い浮かべるとき、妹と過ごした時間や、交わした会話を簡単に思い出す。とても沢山ある。それで、その次に「自殺した」と、棺の中で唇が黒ずんで魂が抜けきった妹の顔を思い浮かべる。もう居ないのだ。自分で死んだのだ。妹は自殺した。なんておぞましいことなんだろう。くらっとくる。無責任に生命を放り出す権利を妹がもっていたとは思わない。その傲慢さに腹も立つ。そうして露呈した自分の罪の重さにも身震いする。
 いつも明るく振舞っていた人間がいきなり自殺して、寝耳に水という人が大半だったけれど、たぶん私は妹に何が起こっているのかかなりよく知っていた方だと思う。
「どうしてこんなに苦しいのか」という電話は正直鬱陶しかった。態度に出さないように気をつけながら、「浸ってんなよ」って思っていた。穏やかに相槌さえ打って、私は何でも受け入れていますよ聞いていますよ、という態度を示しておけばいいと思っていた。私にだってゆゆしき現実があり、他人の苦痛まで癒す力なんて持ってないからだ。家族とはいえ、他人の生き死にに責任など無いし私が妹を背負わねばならない義務は確かにない。勝手に死のうが、本人が望んだまでのこと。ただ、それだけでは人間って感情の部分までは割り切れないみたいだ。
 私には妹が居た。自殺してしまった。毎日最低1回は考えていることなのだけれど、その都度、あまりのおぞましさに気が遠くなる。罪悪感や悔恨の念より先に、何かこう、いきものとしてのおぞましさ、みたいなものに気が遠くなる。自らの命を自ら絶つということを、どうしてかどうしても容認できないのだ。これは妹の人生のためを思ってのことではなくて、私が受けたダメージのためだろう。妹にしてみれば、自分にとってベストの決断をしたのだろうから。けれど残った側は、あれほど身近だった人間が自殺したという事態を未だにどう処理していいのか分からない。私はどちらかというと冷めた部類の人間だったと思う。感情は理性で説明が出来るものであって欲しいと思っていた。なのに自分の矛盾しまくった脳内をどう解説して分解すればいいのか分からない。
 なんだか人嫌いになってしまった。友人の数も格段に減らした気がする。面倒くさくて仕方ない。友人からのメールも返信が億劫で「後で」なんて思っているうちにだいぶ経っているし、とにかく他人に会わなくなった。あれから半年以上経ったが、確実に私は友人を減らしたし疎遠になったと思う。人に言えない理由で、「ちょっと調子が悪くってさ」なんて理由で遠ざけて。
 早く元に戻りたいのに、たぶんそれは無理なのだろう。無理なら無理で新たな方法論を探せばいいのだが、私の脳味噌は無理と分かっていながらも元に戻りたがっているのだから、出口はない。私は人を遠ざけて、友人を遠ざけて減らして、後何年、生き抜いていかなければいけないのか。
 自殺は生者に対する暴力だと私は考えている。妹が、私たち家族に別段恨みを抱いていたわけではないことを知っている。けれども私はこれほどまでの暴力を受けたことはない。妹は自殺した。救えなかったという罪悪感を関わった人間たち全てに残して、自分だけ楽になった。私はそれを許すことも受け入れることも出来ない。「いなかった」と思いたいけれど、どうしてもこの事態に慣れることが出来ない。なんていうことなんだろう。妹に私や家族の人生まで破壊する権利はなかった。けれどもうすでに事態は起こってしまって、出口が無い。私と私が身を置いていた状況を返せと思うけれど、それを破壊したのは実質妹ではなくて、私自身であることも理性では理解している。妹はただ死んだだけ。私が勝手に処理できずにいるだけだ。身動きがとれない。
 制作が全く出来なくなった。帰ってきた今ですら。私の人生を返して欲しい。私の生活を帰して欲しい。昨年の大事な局面で私は3度チャンスをふいにしてしまったから、今年のスケジュールは、来月に控えた展示だけ。でもそれさえも全く新作が出来ていないし、制作に必要だった思考回路そのものが行方不明で、やりたくないやりたくないやりたくないばかり考えているから、これでしばらくやめてしまうつもり。ここが私の限界だったのだろう。悩みだとか苦痛さえも制作のモチベーションに変換できるほどのスキルを私は持っていなかったみたいだ。とても残念に思う。
 特殊なスキルしかもってないので社会に対して何のお役にもたてない。生きてく術がないのは私のほうだったのになあ、なんてとり合えずテンションでも上げるためにアルコホオル片手に進んでない画面を眺める。こんなに集中力がないなんて、もはや異常。締め切り1週間をきった。作品は1つもあがってない。これが最後の決定打になるだろうか。「あいつだめだね、ここまでかな。出来なくなったみたいだね」って。そんなこと自分が一番分かってる。私程度のなんていくらでもいる。一人また脱落しただけのこと。いよいよ決心したとき、応援してきてくださったコレクターの方たちやギャラリーオーナーに何て言おう。
 ながながながなが愚痴ってしまいました。他人の泣き言って聞いてらんないよねわかってる。でもこれ私の「王様の耳はロバの耳」穴だから。
 半年以上経ったのに、私は一体何をしているんだろう。情けなくて泣く気にもならない。