もなか

欧州ど田舎暮らしで母国語のアウトプットに飢えているのでネットの森に穴掘って王様の耳はロバの耳

『ニンゲン合格』

mxoxnxixcxa2006-06-23

「あのさぁ藤森さん。これ夢なの?おれ存在した?ちゃんと存在した?」
 この台詞を主人公に言わせるために、設定を組み、ストーリーを考えたのじゃなかろうかと思った。すごく良かった。
 黒沢清はけっこう好きですが、このタイトルからしてどうもこう、心温まる人間賛歌かなぁと、勝手な先入観で未見だった作品。反省したよすみませんでした。
ニンゲン合格 [DVD] 映画は、中学生のころ交通事故に合い、10年間昏睡状態だった青年が奇跡的に覚醒することから始まる。主人公(西島英俊)のもとへ、役所広司扮する小汚いおっさんが、彼の空白の10年を埋めるために雑誌や新聞を大量に持って訪問する。ねえ、何でこんなの読まなきゃいけないの?「失ったものを取り戻さないとな」という答えに、主人公は「僕、なにか失ったの?」と訊く。これが全編通しての主人公の感覚をあらわす言葉になっている。
 10年主人公が眠っていた間に、周囲の人間は10年の時を生きている。家族は解散し、友人達はばらばらになり、自宅は父親の友人である藤森が釣堀を営んでいる。けれど切なくて美しいのは、彼は浦島状態に絶望するでもなく、壊れてしまったものを必死でかき集めようとすることだった。目が覚めた主人公の内面は14歳のまま、知らない間に千切れていったものを繋ぎとめられると信じている。それを一定の距離を保ちながら見つめているのが、両親でも妹でもなく、赤の他人である藤森(役所)なわけで、主人公は同窓会を企画し、空っぽになった家に、家族が戻ってくる家庭を作ろうとする。
 彼の作ったポニー牧場に、母親が帰ってきて、妹と恋人が居つく。こうまでくるともう、彼はきっと天使で、崩壊した家庭を再生する為に神が特別に地上に使わしたのじゃなかろうかと思えてくる。けれど現実はそうはいかなくて、束の間の家族ごっこが終われば、各々は外に出来てしまった居場所に帰っていく。
 とにかくこの映画は、俳優がみなそろいもそろっていい仕事をしているんである。西島秀俊は、内面が14歳のままの青年にしか見えない。すごいや俳優は。淡々とした表情で現実に向きあう主人公の、表面上の無関心さと胸の内のもどかしさをさらっと演じきっている。役所広司の巧さはさすがだし、妹の麻生久美子も、両親も友人も、自分のカラーなんかを押し出さずにさらっとなりきっていて、すごいなあ俳優はとあらためて思った。哀川翔さえもまた、意外にはまり役なんである。
 この映画に出てくる人間は、『ニンゲン合格』というタイトルからイメージできる通りに、みな揃いも揃ってダメ人間のオンパレード。それでいいんだニンゲンだものというメッセージだとしても、やはりタイトルはダサいよね…。この映画に流れる穏やかで優しい切なさみたいなものに、どんなにいいシーンでも何か不吉な予感が漂っているのは、この監督が黒沢だという先入観なのかはわかりません。主人公の寝顔を見れば、ああ彼は“三年寝た郎”の様に、何か人々に良いことをもたらした後、また昏睡状態に戻るんじゃ?とか、こんなに幸せでいいん?とか。けれど、黒沢の映画は徹底して乾いた目線で、感情移入をさせない。突飛な設定でリアリティを欠いているかといえば、この作品はリアリティの欠如によって、現実をあぶりだしていたと思う。
 人間みなものを考え出した頃、これって実は夢なんじゃないか?とか、この現実は誰かの見ている夢なんじゃないのかとかを考える。私とは誰で、何処から来たのか。その感覚を懐かしく思い出した。主人公は自分が存在したことを確かめ、証明するために目を覚ましたんだろうか。切ないなあ人間は。25日の正午まで、GYAOで配信中。