もなか

欧州ど田舎暮らしで母国語のアウトプットに飢えているのでネットの森に穴掘って王様の耳はロバの耳

実録トレインスポッティングに少しだけ触れる

 ある欧州のど田舎で、ボンジューボンジュー言いながら暮らして早5年が経ち、ちょっとした繋がりで出会ったイギリス男Mのことを考えた日。

 Mはイギリス人らしいひょろっと背の高い容姿をしていて、この国の言葉はほぼ全く話せないけれど明るくて陽気で、人の良い笑顔を振りまく愛されやすいキャラだった。

 Mは、10年ほど前にこの国に移住して医療関係で働くしっかり者の妹の家に住み始めて、時々要請があれば、世界的シェアをもつ携帯端末の技術者として都会に出掛けていく生活を始めたようだった。こんな自然以外何もないど田舎に、言葉もわからず何故わざわざ飛び込んで来たのだろうと若干疑問に感じつつ、まあでも自然や田舎が好きならそういうこともあるのだろう、しかし全くそういうタイプには見えにくいな、など何となく考えていたんだった。

 欧州でも田舎となれば英語を話す人は極端に少ないし、暇そうだし色々と持て余してそうに見えるのに、「ここで暮らしていくことにしたんだよねー」と笑っているので、ああそうなんだね、くらいに受け止めて、時々友人宅で集って食事したり、バーで飲んだり、連れ立ってライブに出かけて酔っ払ったり踊ったりしていたんだった。

 私の極小の英語脳も多分に開いてくれ、そのうち少しずつ、彼にはイギリスに子供が2人いることや、大型フェスで有名な出身地の話や、言葉の分からない土地で暮らす孤独感やらを話せるような距離感になってきて3か月くらい過ごしたある日、ちょっとみんなでバーで飲もうよ、と呼び出されて行った。

 Mは、ちょっとだけイギリスに帰るんだ、子供にも会えるし、英語しか聞こえないとこに戻るんだぜルルルーみたいに嬉しそうに言って、もういいよと言わせないくらいに次々にビールを注文して、バーがもう閉めるからさ…というテンションになるまで楽しい時間を過ごして、翌日母国に帰って行った。

 先日、Mと一番仲の良かったRと会った時に、ふと一緒にいた友人が、「Mの近況きいてる?もう1ヶ月経つけど、いつ帰ってくるんだろ」と尋ねた瞬間、Rの顔が少し曇った。Rは「何の連絡もないよ」と言って一瞬黙ってから、「Mは問題を抱えてたんだよね、もう帰ってこないと思う」と淡々と言った。

 Mはこのど田舎に、ヘロインを抜きに来たらしかった。今時そんなハードなやつ?!という驚きもあったけれど、考えたこともなかった彼の問題に対して、言葉が見つからなかった。

 異国の、しかも嫌いなど田舎で暮らしていく決心をしたとき、Mはこのままじゃもうダメだ、人生を変えようと本気で思っただろう。たぶん一度は本当に、心からそう思ったんだろうと思う。

「もうフランスの携帯は持ってないから、連絡はつかないよ。メール出してもチェックしないから意味ない。多分もう帰ってこないと思う」

 質問をした友人は、心底悲しそうな顔をしていた。しばらく全員黙り込んでから、話題を変えた。出来ることは何もないのだ。

 最後にみんなで飲んだ翌朝の、「すごく楽しかった、頭めちゃくちゃ痛いよ、またね!」っていうメッセージを悲しく思い出した。8月あたりに、みんなで週末Mの地元行こうよ、格安航空ならすごく安いし、パブ巡って、めちゃくちゃいい音楽のスポットみんなを連れていきたいな!って笑っていたのは4月の始め頃だったはず。

 ひょろっとした体を折り曲げて、へらへら笑うMを思い出しながら、そのMが腕に何かをどうにかしている姿を頭の中で繋げてみる。映画の中で観たような感じで。なんだかやっぱり繋がりにくい。それでやんわりと、人生のリアルって何だろうと思った。

 Mに出来たら長生きして欲しい。そして出来ることならまた、この何もないど田舎に戻ってきたらいいのにと願っている。